チームを日本一に導いた「日本一オーラのない監督」
コーチングディレクターとラグビーU20日本代表監督を兼務する中竹竜二氏。2006年に32歳にしてサラリーマンから指導経験もないまま名門早稲田大学ラグビー部の監督に就任した中竹氏は、カリスマ性あふれる前任の清宮克幸監督が築いた常勝チームに「フォロワーシップ」という新しいマネジメント手法を持ち込んだ。
リーダーシップではなく、フォロワーシップ。自分がグイグイと引っ張っていくのではなく、部下(選手たち)に自ら考えさせ、意見させ、行動させて組織を活性化していくマネジメント。

スポーツでも、ビジネスでも、生身の現場に立つリーダーとは過酷なポストである。チームを、組織を、どう強くするのか・・・。
ここに一つの成功例がある。早稲田大学ラグビー部の中竹竜二監督は新たな価値基準、「フォロワーシップ」にこだわり、チームを2年連続大学日本一に導いた。
1月10日。晴天の東京・国立競技場。大学決勝戦で帝京大を破ったあと、中竹監督は豊田将万主将ら約130の部員と肩を組み、早稲田の凱歌「荒ぶる」を大声で歌った。
35歳(当時)の中竹監督は泣いた。
「昨年の倍苦労した分、今年は倍うれしい。最後まで豊田たち学生を信じてよかった」
“荒ぶる”とは、大学日本一を勝ち取ったときにしか歌うことが許されない部歌である。創部90周年。景気の好不況のごとく、チーム状態がよくても悪くても、早稲田は常にこの“荒ぶる”をめざす。
「僕はそこにいる人たちが、何がもっとも力を発揮するのかを突き詰めていく。それぞれの組織にとって何が一番大事かというと、ゴールは何かということでしょ。会社だったら、利益だったり、社会貢献だったり、自己実現だったりするでしょう。早稲田だったら、勝利です。ゴールは“荒ぶる”です」
もちろんゴールは同じでも、その年の戦力、環境によってプロセスがちがってくる。名門チームをカリスマ監督の清宮克幸(現サントリーラグビー部監督)から引き継いだ自称「日本一オーラのない監督」は、チームの価値基準をがらりと変えた。
それが「フォロワーシップ」である。おれについてこい、の清宮流のリーダーシップとは異なる。中竹監督は説明する。
「組織の中ではリーダーとフォロワーに分かれます。圧倒的にフォロワーの人数が多いでしょ。だったらフォロワーでも組織を変えることができるじゃないかというのが論理の肝です。いかにフォロワーが組織の中で成長し、組織に貢献できるのかということを考えることです。フォロワーシップがしっかりしていれば、だれがリーダーであっても組織は機能し、進化し続けます」
例えば、こんなことがあった。
年末、大学選手権の準々決勝の筑波大戦で勝ったけれど拙い試合をした。翌日のミーティングで、中竹監督は学生を叱咤した。「発言と構えを変えろ!」と。
「チームにプラスアルファが生まれるとしたら何かと考えた。一つひとつの発言を大事にして、責任を持ったらもっといいんじゃないか、と思った。構えは、試合に対する心構え、タックルの構えなどプレー上の姿勢です。構えを変えたら発言も変わるし、発言を変えたら構えも変わる。全部が変わっていくんです」
つまりは有言実行たれ、ということだ。すると、学生たちは話し合いを自主的に開き、翌朝、中竹監督の机に“決意文”を置いたのだった。〈一発で仕留めるタックル・鋭い動き出し・ディフェンスでのノミネート〉。準決勝はこれに懸けます、と。
中竹監督は学生の成長を認める。
「あのときはすごくうれしかったですね。フォロワーのありようという意味では、格段に成長しています。発言や構えなど、ちょっとした変化で、物事の流れが変わっていく。僕にはこれまでの経験値があります。これはコーチングとしてのテクニックです。精神論ではなく、こまかいスキルです」
中竹監督は「エリート」ではない。福岡・東筑高校を卒業後、地元の福岡大に進んだ。でも、東京への思いは断ち難く、翌年、早稲田に合格した。ラグビー部ではケガもあって、3年生まで公式戦には出場できなかったが、信望厚く、統率力があったから、キャプテンに選ばれた。一軍経験なしの主将就任など、早大ラグビー史で前代未聞のことだった。
卒業後、英国に3年半、留学する。2001年春、三菱総合研究所に入社し、5年間、スポーツを通した街づくりを手伝い、指導者を育成してきた。06年春、同社を退社し、早稲田ラグビー部監督に就任する。その社会での経験がチームづくりに反映されている。
例えば、スタッフを拡充した。フルタイムが4人で、週末コーチを加えると20人にも膨らんだ。「セルフマネジメントコーチ」を新設する。自分で課題をみつけ、努力する学生になってほしい、との思いからだった。「カウンセリング」を設け、専門家も招いた。
そしてもっとも重視したのが、「コミュニケーション能力」のアップである。ミーティングでは、パソコン技術を駆使しながら、図表やグラフで説明していく。一方通行ではなく、学生の能力を引き出す、いわば課題提示スタイルである。
今シーズンは初めて「ミーティング合宿」なるものも開いた。昨年9月、東京・汐留のホテルに豊田主将ら中心選手を缶詰めにし、2泊3日で徹底して討論させた。
3日間で約20時間。とくに2日目は朝8時から深夜零時まで続けた。上級生だけでなく2年生のリーダー候補も参加させ、FWとバックス、あるいはポジション別、学年別など様々なグループに分け、それぞれに意見を出させたのだった。
中竹監督は自身の人脈を生かし、プロ野球パリーグの楽天創設に関わった小澤隆生氏もミーティングの講師に招いた。チームスローガンの「ダイナミックチャレンジ」の実践者の話を聞かせ、その意義を考えさせもした。
思考の方法論です、と中竹監督は言う。
「自分たちで考えるといっても、考えるスキルを持っていなかったのです。考えて解決することも、僕に言わせれば、要はスキルとテクニック、いわゆる考えるフィットネスが必要なんです。タックルと一緒です。だからスキルを教え込むのです」
なぜ、寮ではなく、ホテルだったのか。
「やっぱり缶詰めにしないと、スイッチが切り替わってしまう。僕としては、24時間、寝ないで考えてもらいたかったくらいです。相当、課題設定を与えました」
時には、ゲームプランや戦術も学生に任せた。学生にアイデアを出させて、中竹監督が整理する。それをリーダーたちが学生にプレゼンする、といった按配である。
例えば、学生が考えついた「ロデオアタック」。どこから誰がボールに走りこんでくるかわからない。波状攻撃を暴れ馬のイメージにダブらせる。「マンイーター」。人食いタックル。激しいタックルから逆襲に転じる。
「じつは今年の戦術は学生が考えたものが相当あります。たぶん、トップリーグでもそんなチームはないでしょ」
組織を強くするため、ミーティングで重要な点は三つ、と中竹監督。
「ミーティングでは考えさせること、伝えるスキルをつけさせること、意見をシェアする力をつけること、が大事です。いわゆるプレゼンテーション能力と、ディスカッションで生み出す能力、シェアリングしてコンセプトを得る能力です。この三つをひたすら回していくのです」
◇強いものが生き残るのではなく、変化したものが生き残る
今年のチームの特徴は豊田を主将としたことだった。プレーの能力は文句なしながら、優しさが逆効果となることもあった。そんな4年生を主将におき、「ダイナミックチャレンジ」の象徴とした。チームもまた能力が高くても、メンタルに波があった。案の定、秋の対抗戦では帝京大学と明治大学に敗れた。でも中竹監督は「想定内」としたたかだった。
監督は豊田には「キャプテンらしく振る舞うな」と指示した。「暴言を吐け。暴れろ。チームを乱しまくれ」。そうすれば、チームが爆発するのだ、と。
だから、豊田の言葉を借りると、「チョ〜他力本願」でチームを率いた。見方を変えれば、他の選手、つまりフォロワーが自律し、積極的に機能することになる。
実際、試合であれ、練習であれ、チームトークでリーダーシップを発揮しているのは小峰徹也ら他の選手である。しかも、2年生もがリードしようとするときがある。これは組織として極めて稀だろう。
中竹監督は思いだす。
「どうしてもチームトークって、ダメなときはネガティブなことばかりになるんです。なんでおまえはあそこでタックルを外すのだ、もっとしっかりいけよ、とダメ出しが始まる。聞いていると、そんなとき、小峰が言ったんです。そんなダメなことばかりじゃなく、ここは自分たちが自信を持つところに全員で集中していこうって」
要は、と言葉を足す。
「いかにその人が自分らしく、伸び伸びとできるかということです」
監督就任の3年間でいえば、「個人面談」の内容も随分、変わった。最初の2年間は自分のことをしゃべれないし、プレゼンする力は不足していたが、今ではきちんと準備し、言語化する能力が備わった。
そういえば、就任直後、中竹監督が「強み」「弱み」を学生に聞こうとしたら、「僕のプレーの長所、ウリはなんですか」と逆に質問されたこともある。ガックリしていたら、「中竹さん、ぼくのプレーを見てくれてないんですか」ときたのだった。
いまは違う。
「ええ全然、変わりました。去年1年間の成果であったり、自分の強みであったり、こだわりであったり、質問すると、ほとんどがきちんと表現します。そうなれば、発言に責任を持つことにもなります」
なるほど面談が機能すれば、学生にとって「気づき」にもなる。
例えば、小柄なフランカー(背番号でいえば6番、7番のポジション。攻守の要。とくに走力、タックルが求められる)の中村拓樹。大学選手権の大一番、一回戦の関東学院大戦の前にも個人面談があった。
中村は「自分の持ち味はタックル。だれにも負けない」と主張した。中竹監督が答える。「おまえのよさはタックルだけでなく、じつはアタックもなんだ」と。結果、中村は関東学院大戦で猛タックルからアタックにも絡み、先制トライを演出したのだった。
清宮前監督とのちがいを聞くと、中竹監督は胸を張る。
「劇的に清宮さんとちがうのは、ぼくは相当、学生の意見を聞いています」
その結果、「フォロワーシップ」が完成したことになる。そう言うと、中竹監督は「これは完成形がなくて、状態だと思います」とやんわり訂正するのだった。
「完成形があったら、パターン化してしまう。完成したら、崩れるということです。これはずーっと動的に動いているんです」
すなわち、ダーウィンの『種の起源』(進化論)みたいなものか。強いものが生き残るのではなく、変化したものが生き残る。変化に対応することが組織を成長させ、進化させるのであろう。
「常にリスクを背負って、変化している状態じゃないと、勝ち続けるのは難しいのです」
今、自分が小学生のサッカーコーチングで心がけていること・・・
それが、まさに「フォロワーシップ」である。
あまり、多くことを言い(指示)過ぎない。
基本は、子供たちに考えさせることを重視している。
コーチはヒントに徹する。
例えば、
朝練などの全体練習では、低学年へは高学年になるべくフォローさせるようにする。
練習メニューも多くを語らない。
そのうちに、不満や要望があれば、意見してくるようになる。
我がままを受け入れるのではなく、みんなの意見から挙がってくるものを聞くようにしている。
そうすると、
子供たちの中にもリーダーとフォロワーが存在してくる。
大きくなったとき、
指示待ち選手には、させたくない。
焦らず、じっくりと・・・。
コーチングディレクターとラグビーU20日本代表監督を兼務する中竹竜二氏。2006年に32歳にしてサラリーマンから指導経験もないまま名門早稲田大学ラグビー部の監督に就任した中竹氏は、カリスマ性あふれる前任の清宮克幸監督が築いた常勝チームに「フォロワーシップ」という新しいマネジメント手法を持ち込んだ。
リーダーシップではなく、フォロワーシップ。自分がグイグイと引っ張っていくのではなく、部下(選手たち)に自ら考えさせ、意見させ、行動させて組織を活性化していくマネジメント。

スポーツでも、ビジネスでも、生身の現場に立つリーダーとは過酷なポストである。チームを、組織を、どう強くするのか・・・。
ここに一つの成功例がある。早稲田大学ラグビー部の中竹竜二監督は新たな価値基準、「フォロワーシップ」にこだわり、チームを2年連続大学日本一に導いた。
1月10日。晴天の東京・国立競技場。大学決勝戦で帝京大を破ったあと、中竹監督は豊田将万主将ら約130の部員と肩を組み、早稲田の凱歌「荒ぶる」を大声で歌った。
35歳(当時)の中竹監督は泣いた。
「昨年の倍苦労した分、今年は倍うれしい。最後まで豊田たち学生を信じてよかった」
“荒ぶる”とは、大学日本一を勝ち取ったときにしか歌うことが許されない部歌である。創部90周年。景気の好不況のごとく、チーム状態がよくても悪くても、早稲田は常にこの“荒ぶる”をめざす。
「僕はそこにいる人たちが、何がもっとも力を発揮するのかを突き詰めていく。それぞれの組織にとって何が一番大事かというと、ゴールは何かということでしょ。会社だったら、利益だったり、社会貢献だったり、自己実現だったりするでしょう。早稲田だったら、勝利です。ゴールは“荒ぶる”です」
もちろんゴールは同じでも、その年の戦力、環境によってプロセスがちがってくる。名門チームをカリスマ監督の清宮克幸(現サントリーラグビー部監督)から引き継いだ自称「日本一オーラのない監督」は、チームの価値基準をがらりと変えた。
それが「フォロワーシップ」である。おれについてこい、の清宮流のリーダーシップとは異なる。中竹監督は説明する。
「組織の中ではリーダーとフォロワーに分かれます。圧倒的にフォロワーの人数が多いでしょ。だったらフォロワーでも組織を変えることができるじゃないかというのが論理の肝です。いかにフォロワーが組織の中で成長し、組織に貢献できるのかということを考えることです。フォロワーシップがしっかりしていれば、だれがリーダーであっても組織は機能し、進化し続けます」
例えば、こんなことがあった。
年末、大学選手権の準々決勝の筑波大戦で勝ったけれど拙い試合をした。翌日のミーティングで、中竹監督は学生を叱咤した。「発言と構えを変えろ!」と。
「チームにプラスアルファが生まれるとしたら何かと考えた。一つひとつの発言を大事にして、責任を持ったらもっといいんじゃないか、と思った。構えは、試合に対する心構え、タックルの構えなどプレー上の姿勢です。構えを変えたら発言も変わるし、発言を変えたら構えも変わる。全部が変わっていくんです」
つまりは有言実行たれ、ということだ。すると、学生たちは話し合いを自主的に開き、翌朝、中竹監督の机に“決意文”を置いたのだった。〈一発で仕留めるタックル・鋭い動き出し・ディフェンスでのノミネート〉。準決勝はこれに懸けます、と。
中竹監督は学生の成長を認める。
「あのときはすごくうれしかったですね。フォロワーのありようという意味では、格段に成長しています。発言や構えなど、ちょっとした変化で、物事の流れが変わっていく。僕にはこれまでの経験値があります。これはコーチングとしてのテクニックです。精神論ではなく、こまかいスキルです」
中竹監督は「エリート」ではない。福岡・東筑高校を卒業後、地元の福岡大に進んだ。でも、東京への思いは断ち難く、翌年、早稲田に合格した。ラグビー部ではケガもあって、3年生まで公式戦には出場できなかったが、信望厚く、統率力があったから、キャプテンに選ばれた。一軍経験なしの主将就任など、早大ラグビー史で前代未聞のことだった。
卒業後、英国に3年半、留学する。2001年春、三菱総合研究所に入社し、5年間、スポーツを通した街づくりを手伝い、指導者を育成してきた。06年春、同社を退社し、早稲田ラグビー部監督に就任する。その社会での経験がチームづくりに反映されている。
例えば、スタッフを拡充した。フルタイムが4人で、週末コーチを加えると20人にも膨らんだ。「セルフマネジメントコーチ」を新設する。自分で課題をみつけ、努力する学生になってほしい、との思いからだった。「カウンセリング」を設け、専門家も招いた。
そしてもっとも重視したのが、「コミュニケーション能力」のアップである。ミーティングでは、パソコン技術を駆使しながら、図表やグラフで説明していく。一方通行ではなく、学生の能力を引き出す、いわば課題提示スタイルである。
今シーズンは初めて「ミーティング合宿」なるものも開いた。昨年9月、東京・汐留のホテルに豊田主将ら中心選手を缶詰めにし、2泊3日で徹底して討論させた。
3日間で約20時間。とくに2日目は朝8時から深夜零時まで続けた。上級生だけでなく2年生のリーダー候補も参加させ、FWとバックス、あるいはポジション別、学年別など様々なグループに分け、それぞれに意見を出させたのだった。
中竹監督は自身の人脈を生かし、プロ野球パリーグの楽天創設に関わった小澤隆生氏もミーティングの講師に招いた。チームスローガンの「ダイナミックチャレンジ」の実践者の話を聞かせ、その意義を考えさせもした。
思考の方法論です、と中竹監督は言う。
「自分たちで考えるといっても、考えるスキルを持っていなかったのです。考えて解決することも、僕に言わせれば、要はスキルとテクニック、いわゆる考えるフィットネスが必要なんです。タックルと一緒です。だからスキルを教え込むのです」
なぜ、寮ではなく、ホテルだったのか。
「やっぱり缶詰めにしないと、スイッチが切り替わってしまう。僕としては、24時間、寝ないで考えてもらいたかったくらいです。相当、課題設定を与えました」
時には、ゲームプランや戦術も学生に任せた。学生にアイデアを出させて、中竹監督が整理する。それをリーダーたちが学生にプレゼンする、といった按配である。
例えば、学生が考えついた「ロデオアタック」。どこから誰がボールに走りこんでくるかわからない。波状攻撃を暴れ馬のイメージにダブらせる。「マンイーター」。人食いタックル。激しいタックルから逆襲に転じる。
「じつは今年の戦術は学生が考えたものが相当あります。たぶん、トップリーグでもそんなチームはないでしょ」
組織を強くするため、ミーティングで重要な点は三つ、と中竹監督。
「ミーティングでは考えさせること、伝えるスキルをつけさせること、意見をシェアする力をつけること、が大事です。いわゆるプレゼンテーション能力と、ディスカッションで生み出す能力、シェアリングしてコンセプトを得る能力です。この三つをひたすら回していくのです」
◇強いものが生き残るのではなく、変化したものが生き残る
今年のチームの特徴は豊田を主将としたことだった。プレーの能力は文句なしながら、優しさが逆効果となることもあった。そんな4年生を主将におき、「ダイナミックチャレンジ」の象徴とした。チームもまた能力が高くても、メンタルに波があった。案の定、秋の対抗戦では帝京大学と明治大学に敗れた。でも中竹監督は「想定内」としたたかだった。
監督は豊田には「キャプテンらしく振る舞うな」と指示した。「暴言を吐け。暴れろ。チームを乱しまくれ」。そうすれば、チームが爆発するのだ、と。
だから、豊田の言葉を借りると、「チョ〜他力本願」でチームを率いた。見方を変えれば、他の選手、つまりフォロワーが自律し、積極的に機能することになる。
実際、試合であれ、練習であれ、チームトークでリーダーシップを発揮しているのは小峰徹也ら他の選手である。しかも、2年生もがリードしようとするときがある。これは組織として極めて稀だろう。
中竹監督は思いだす。
「どうしてもチームトークって、ダメなときはネガティブなことばかりになるんです。なんでおまえはあそこでタックルを外すのだ、もっとしっかりいけよ、とダメ出しが始まる。聞いていると、そんなとき、小峰が言ったんです。そんなダメなことばかりじゃなく、ここは自分たちが自信を持つところに全員で集中していこうって」
要は、と言葉を足す。
「いかにその人が自分らしく、伸び伸びとできるかということです」
監督就任の3年間でいえば、「個人面談」の内容も随分、変わった。最初の2年間は自分のことをしゃべれないし、プレゼンする力は不足していたが、今ではきちんと準備し、言語化する能力が備わった。
そういえば、就任直後、中竹監督が「強み」「弱み」を学生に聞こうとしたら、「僕のプレーの長所、ウリはなんですか」と逆に質問されたこともある。ガックリしていたら、「中竹さん、ぼくのプレーを見てくれてないんですか」ときたのだった。
いまは違う。
「ええ全然、変わりました。去年1年間の成果であったり、自分の強みであったり、こだわりであったり、質問すると、ほとんどがきちんと表現します。そうなれば、発言に責任を持つことにもなります」
なるほど面談が機能すれば、学生にとって「気づき」にもなる。
例えば、小柄なフランカー(背番号でいえば6番、7番のポジション。攻守の要。とくに走力、タックルが求められる)の中村拓樹。大学選手権の大一番、一回戦の関東学院大戦の前にも個人面談があった。
中村は「自分の持ち味はタックル。だれにも負けない」と主張した。中竹監督が答える。「おまえのよさはタックルだけでなく、じつはアタックもなんだ」と。結果、中村は関東学院大戦で猛タックルからアタックにも絡み、先制トライを演出したのだった。
清宮前監督とのちがいを聞くと、中竹監督は胸を張る。
「劇的に清宮さんとちがうのは、ぼくは相当、学生の意見を聞いています」
その結果、「フォロワーシップ」が完成したことになる。そう言うと、中竹監督は「これは完成形がなくて、状態だと思います」とやんわり訂正するのだった。
「完成形があったら、パターン化してしまう。完成したら、崩れるということです。これはずーっと動的に動いているんです」
すなわち、ダーウィンの『種の起源』(進化論)みたいなものか。強いものが生き残るのではなく、変化したものが生き残る。変化に対応することが組織を成長させ、進化させるのであろう。
「常にリスクを背負って、変化している状態じゃないと、勝ち続けるのは難しいのです」
今、自分が小学生のサッカーコーチングで心がけていること・・・
それが、まさに「フォロワーシップ」である。
あまり、多くことを言い(指示)過ぎない。
基本は、子供たちに考えさせることを重視している。
コーチはヒントに徹する。
例えば、
朝練などの全体練習では、低学年へは高学年になるべくフォローさせるようにする。
練習メニューも多くを語らない。
そのうちに、不満や要望があれば、意見してくるようになる。
我がままを受け入れるのではなく、みんなの意見から挙がってくるものを聞くようにしている。
そうすると、
子供たちの中にもリーダーとフォロワーが存在してくる。
大きくなったとき、
指示待ち選手には、させたくない。
焦らず、じっくりと・・・。






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