【研究成果の要約】
 水分子は小さな水素原子2個と大きな酸素原子1個から成る。固体の氷では、分子が六角形の網を構成するように整然と並んでいる。
 しかし、温度が上昇すると分子が揺らぎ出し、分子同士の結合が切れて六角形の形が崩れる所が現れる。望月さんらはこの結合の切れ方に注目し、分子間に働く力の計算を繰り返した。
 分子が揺らいで結合が切れ、六角形の形が崩れても、初めのうちはすぐつながって元に戻る。しかし、温度上昇で揺れがひどくなると、つながる際に間違った分子の組み合わせが発生してしまい、連鎖的に組み替えが起きて結晶構造が崩壊することが分かった。



◆成果
  氷が内部から融解する仕組みを、コンピュータシミュレーションを用いて、分子レベルで詳細に解明する事に初めて成功した。
◆新規性
 氷の構造の乱れの大きさを測る新しい尺度を開発し、氷の融解過程はこれまで考えられていたような単純な経路ではなく、“水素結合ネットワークのからまり”をきっかけとする複雑な過程であることを明らかにした。
◆意義ならびに将来展望
 固体・液体間の相変化という普遍的物理現象の仕組みを分子レベルで明らかにしたものであり、様々な物質の構造変化を理解する基盤を提供する。また、周囲の水を含む蛋白質の構造変化の仕組みの解明、さらには、その繰り返しである“生命の維持”を分子レベルで解明することへ繋がると期待される。


 氷は通常、融点(1気圧では0℃)で容器の壁や表面から融け始めます(不均一融解)。これに対し、界面が存在しない理想的な環境では、氷自身が自発的に結晶構造を乱し、融解のきっかけを作りだす、均一融解という現象が起こります。身近な例では、氷に強い光をあてると、表面だけでなく内部からも融け、融けた液体の水がチンダル像と呼ばれる、雪の結晶とよく似た形を氷の中に形成します(図1)。この内部からの融解が“界面が存在しない理想的な環境”に対応します。チンダル像はアイスフラワーとも呼ばれます。
 この氷の均一融解は、いわゆる一次相転移という物理・化学の最も重要な現象の一つです。氷の結晶は、それぞれの水分子が隣接する4つの水分子と計4本の水素結合を作っており、図2のように、規則正しく秩序を保った非常に安定な水素結合ネットワーク構造を形成しています。一方、液体の水は、水素結合は残っていますが、より乱雑な無秩序な構造をしています(図3)。均一融解において、氷の安定な構造を崩壊させ、乱雑な液体の水の構造へ変化させる仕組み、特に秩序が崩壊し始める“きっかけ”は、これまで謎のままでした。
 今回、総合研究大学院大学の望月建爾氏(物理科学研究科機能分子科学専攻5年一貫制博士課程4年)は、岡山大学の松本正和准教授および分子科学研究所の大峯巌教授とともに、均一融解の初期過程を分子レベルで詳細に解明する事に世界で初めて成功しました。

Fig1
図1:氷の内部融解で現れるチンダル像の写真。単結晶の氷の内部から融解した時に現れる模様。写真の中の六花模様は融解で生じた液体の水で、その周りは氷の結晶。チンダル像の大きさは5 mm程度。

Fig2
図2:氷の結晶の分子構造。赤色が酸素原子、白色が水素原子を表す。白色の線は分子内の酸素と水素の結合、水色の線は分子間の水素結合を表す。各分子が周囲の4分子と4本の水素結合を作っている。6つの水分子が環を作り、非常に秩序だった構造である。

Fig3
図3:液体の水の分子構造。氷とは異なり、乱雑な構造である。

Fig4
図4:分離した欠陥対の典型的な構造。左右の青と赤で囲まれた図は、中央の図の欠陥対の周辺構造を拡大した。左の欠陥は、侵入型欠陥と呼ばれ、結晶中に一つ余分な分子が入っている。右の欠陥は、空孔型欠陥と呼ばれ、結晶点にあるはずの分子が抜けている。二つの欠陥は対として生成し、フレンケル欠陥と呼ばれている。
欠陥対以外の部分は、整然とした氷構造を保っているのが分かる(中央の図)。この欠陥を消すには、結合を一旦壊しながら、中央の図の橙色の矢印の経路を辿り、侵入型と空孔型の2つの欠陥が出会う必要がある。このように、特定の経路を通らないと、完全な結晶構造に戻れない状態を“糸のからまり”と表現した(研究内容)。氷の結晶中には、他にもさまざまな種類の欠陥が存在するが、数ある欠陥の中で、この欠陥対が融解を引き起こす事実を明らかにし、その理由を物理的に説明したのは本研究が世界で初めてである。

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図5:融解過程の概略図。結晶点から離れた分子(欠陥分子)は明るい色、それらが作る水素結合は赤い線で示した。図4と同様に、完全な結晶構造へ戻るための経路を橙色の矢印で示した。まず、氷から構造(a)のような欠陥分子を含む構造ができる。(a)は、欠陥分子の数は多いが、氷へ戻る経路は短く、熱揺らぎで簡単に氷へ戻ってしまう。そのため、構造を破壊し、液体の水へ相転移する事はない。完全な結晶構造へ戻るには、全ての欠陥分子が適切な場所へ戻る必要がある。しかし、時々失敗し、図(b)のように、侵入型欠陥と空孔型欠陥(フレンケル欠陥)が取り残される。研究内容で説明したように、この欠陥対が氷へ戻らない“消えない欠陥”として存在し続け、かつ水素結合ネットワークの構造変化を容易にする事で、液体の水へと導く。

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図6:規則正しい氷の構造の内部から、融解が始まり、液体の水が現れる様子を模式的に表した図。

総研大、岡山大、分子研3者共同の報道発表資料


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