リフト券は0円に 未経験者呼び込むスキー場再生策 (日経トレンディ)

80〜90年代のスキー人気は過去の話。今ではスキーをしたことのない若者が大勢を占める。だが、スキー未経験の若者やファミリーを取り込むことにこそ、スキー場再生のカギがある。スキー場運営で急拡大しているクロスプロジェクトグループ(長野県北安曇郡)の辻隆社長が、驚きの再生策を明かす。


 みなさんは近年、スキー場で滑った経験があるだろうか。

 日本のスキー人気は、長野五輪が開催された1998年を境に下降線をたどっている。40歳以上の世代はほぼ全員スキー経験があるだろうが、今の若者のスキー、スノーボード(スノボ)体験者は全体の20%以下。ゲレンデに一度も行ったことがない人のほうが多数を占める。
 だが、世界のスキー用品の40%を日本だけで消費していた昔が“異常”だったのだろう。スキーヤーが少数派となった今が普通の市場環境であり、また新たなビジネスチャンスもある。そう考えて、我々クロスプロジェクトグループは全国各地のスキー場の運営を手がけ、その再生を行っている。

■外資ファンドは次々と撤退
 バブル崩壊後、外資系ファンドがスキー場を次々に買収したことがあった。彼らはゴルフ場やホテルでは成功していたが、スキー場運営では失敗し、撤退したところが多い。
 同じリゾート施設といえど、ゴルフ場やホテルとスキー場とでは、ビジネスの仕組みが大きく異なる。ゴルフ場やホテルは1日当たりの利用客に上限があり、設備への投資や手厚いサービスによって顧客満足度を高め、リピーターを増やすことがビジネスの常道だ。外資系ファンドはスキー場でも、ゴルフ場やホテルと同じ手法を当てはめて再生しようとした。
 ところがスキー場は、雪が降る真冬の、それも土日だけに数万人の利用客が殺到する。「年に1回は雪山に行こう」というユーザーのノリは、限られた開催日に観光客がドッと押し寄せる祭りとよく似ている。
 祭りのときは少数のリピーターを手厚くもてなすより、押し寄せる大量のユーザーをうまく収容することのほうが重要だ。スキー場再生でも、我々が真っ先に手がけるのは、駐車場の面積を広げて駐車可能台数を増やしたり、レストランの席数を増やしたりすること。「殺到する利用者を上手にさばく」のが、スキー場ビジネスの基本だ。

■「朝食無料」で若者が来る
 スキーヤーが少数派となった今、我々はスキーを知らない若者やファミリーを呼び込む再生策をいくつも行っている。その一つは「スキー場を“スキー練習場”にする」ことだ。
 ゴルフの初心者は都市部の練習場に通って腕を磨く。同じようにスキー初心者にも練習をする場が必要だろう。ところが既存のスキー場は、初心者向けか上級者向けか立ち位置が曖昧な施設が大半で、ユーザーにとっては練習場が見当たらない状態だ。
 そこで私は、年間100カ所以上のスキー場を実際に滑り、初心者にアピールできる強みを把握したうえで施設の運営を受託。その後、「ファミリーにはファミリーにピッタリのスキー場がある!」「都心から100分、『スキー場は近い』」といった、初心者向けであることを明確に打ち出したマーケティングを行う。こうした施策により、初心者が安心してスキーの練習ができる場を提供できるのだ。
 1人数千円するリフト券は、スキー場の最大の収入源。ところが、若者やファミリー層はこのリフト券料金を高いと感じており、スキーを始める際の最大の障害になっていた。
 そこで我々が行っているのは、リフト券の“価格破壊”だ。傘下のスキー場では、キャンペーンによりゴルフ練習場と同レベルの1000円、ときには一時的に0円に値下げすることで、初心者を数多く集客している。
 リフト券が0円であっても収益は確保できる。例えばスキー用品のレンタルでは、ブランド品をそろえると一般ユーザーは多少高い料金であっても進んで借りる。スキーの熟練者とは異なり、初心者は土産品や手袋、雪玉製造器といったグッズなども喜んで購入するし、有料のキッズルームを利用するファミリーもいる。リフト券以外の周辺消費を促して収入源を開拓することで、リフト券の値下げ分は十分に取り戻せるのだ。
スキーを知らない世代には、スキー以外の切り口を用意してゲレンデに誘うことも有効だ。例えば、「子供の教育」という切り口。学校にリフト無料券を配ったり、1時間無料のスキースクールを開催したりすると、ファミリーが多数来場する。
 また、カラオケボックスなどにスキー場での朝食バイキング無料券を置くと、「朝食無料」に引かれた若者が集まってくる。
 ゲレンデに水仙やチューリップを植えると、雪がない季節でも訪問客が絶えない。夏にはキャンプ場を設置すると、周りの施設が整っているぶん、より優れたキャンプ場になる。人を呼ぶ切り口はさまざまあるのだ。

■「天然雪」は日本最大の強み
 こうした再生策を実行していけば、日本のスキー場の未来は明るい。我々はスキー場はいずれアジアを代表するリゾートビジネスになると考えている。
 理由はシンプルだ。まず、80〜90年代のブーム期に全国各地でスキー場への過剰投資が行われたため、日本は今や世界有数のスキーインフラを有する国となっている。
 そして海外では人工雪か山頂近くの雪で滑るしかないが、世界中で日本だけが、都市の近くのスキー場でも天然雪で滑れるという絶好の地の利がある。スキー人口が急増中で世界の3分の1のスキーヤーを有する中国でも、みな人工雪で滑っている。
 中国人をはじめアジア人のスキーヤーが増えれば増えるほど、質の高い天然雪を求めて日本を訪れる人が増えるだろう。


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クロスプロジェクトグループが運営する白馬さのさかスキー場(上)。中国・北京の静之湖スキー場も運営している(下)

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スキー場を再生する際には、施設内のレストランのメニューをすぐに作れるものに変更。提供スピードを速めて大量の利用客をさばくことで収益性を向上させている

103代表的な再生策の一つは「練習場に衣替えさせる」こと。既存のスキー場を詳細に調査し「どの点が初心者やファミリーにとって一番の魅力か」を見抜く。そのうえで、初心者が安心して滑れる「練習場」と位置づけて施設の強みを明確にうたい、未経験者を呼び込む。写真のノルン水上スキー場では、初心者向けに「都心やインターチェンジから近くて行きやすい」ことを強くアピール









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「リフト券収入に頼らない」ことも有効な再生策だ。1人当たり3000円前後するリフト券の料金は、スキーを始める際の最大の障害になっている。機動的に値下げし、ときには0円にすることで初心者を呼び込む。その一方で、レストラン、用具レンタルや有料キッズルームなど他の収入源を強化し、値下げ分を補う

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「朝食を食べにいく」「子供の教育のために行く」など多種多様な切り口で販促を行い、未経験者をゲレンデに誘う。春から夏はフラワーガーデンやキャンプ場を設置し、ファミリー層を集客する

106辻隆氏
クロスプロジェクトグループ社長。1971年生まれ。スキースクールのインストラクターを経て、2001年に同社を設立。現在、ノルン水上(群馬)、中央道伊那スキーリゾート、白馬さのさか(いずれも長野)、若杉高原大屋(兵庫)など、11のスキー場の運営を手がける。