川澄選手には、こんなエピソードがある。

「教えない指導法」で開花した才能
 体育教師の資格を持ちながら、あえて教員にならなかったという川澄選手のお父さんは、本人の言葉を借りれば「教えない指導法」で娘の川澄選手の才能を育んだという。
 「キックの蹴り方などの“型”を大人が教える必要はないんです。大きなけがや事故につながりそうな危険な行為にだけ注意を与えれば、そのほかは子どもの自由にやらせればいい」  お父さんは、川澄選手が幼稚園児だったころにサッカーボールを与えただけで、好きなように遊ばせていたという。それでも川澄選手は、小学校2年生で地元の少女チーム「林間SCレモンズ」に入団したころには、ボールの止め方、蹴り方をある程度身につけていた。誰かに矯正されることなく、自分の感覚で身に付けた技術は、現在のプレーにもつながる彼女の財産になった。
 また、川澄家は毎年、家族でスキーに出掛けていた。川澄選手を初めてゲレンデに連れて行った時、お父さんは、やはり大けがをしないためのポイントだけを注意すると、目の前で一度滑ってみせた。あとは「さあ、やってごらん」の一言だけ。川澄選手が転倒しようと、とんでもない方向に行ってしまおうと、見守るのみだ。「教えない指導法」でスキーを習得した川澄選手は、後にスキー検定1級を取得している。「体幹の強さ、バランスの良さは、スキーのおかげでもあるかな」とお父さんさんはコメントしている。

スタミナ、自主性も自然と身につける
 川澄選手の長所として「無尽蔵のスタミナ」が挙げられる。なでしこジャパンが実施する持久力テストでは、毎回ぶっちぎりでトップの成績をたたき出す。チームメートが顔をゆがめて続々と脱落する中、川澄選手だけはニコニコしながら走り続けている。「どうやってスタミナをつけたのか?」と本人に問うと、「思い当たるとすれば、母と走ったことぐらいかな」との答えが返ってきた。 川澄選手のお母さんも、お父さん同様にスポーツ愛好家で、ホノルルマラソンの完走経験もあるという。ひと月に200キロを走り込んだこともあるといい、その当時10歳前後だった川澄選手も一緒に走っていたそうだ。 「家の近くに約5キロのジョギングコースがあったんです。娘は毎日、夕食前に私と一緒に走ったんです。スピードは大人の私と同じでしたよ」
 川澄家の「教えない指導法」は、娘の自主性を育むのにも大いに役立った。川澄選手には、指示されるのを待つのではなく、「自分で考える」「考えを行動に移す」という習慣が子どものころから自然に培われている。 「たとえばスキーに行く前の晩、親から言われる前に、用具も着替えも全部自分で用意していました」とお父さんが言えば、林間SCレモンズの加藤貞行代表も、小学6年生当時の川澄選手を懐かしそうに振り返る。 「小学生のサッカー大会では、保護者や指導者たちは大会運営に追われて忙しいんです。そんな時、うちのチームは『ナホ、頼んだぞ』と彼女に伝えるだけで試合の準備はできました。ナホは対戦相手を観察して、先発メンバーやフォーメーション、戦術までを決めてくれました。試合中に監督に向かって選手交代の指示を出したこともあったぐらいで。そうやって、子どもたちだけで勝っちゃった試合もあるんです」
 川澄選手は、昨年のW杯の時も、試合の流れを変えるため、佐々木監督にポジションについて進言したことは有名である。

(日経新聞より引用、編集)



なるほど・・・・

ついつい大人は、細かいことに口出ししたくなる。
それをあえてせずに、選手自信で感じ取っていけるまで見守ることって難しいですよね。

サッカー(サーキット練習時)のマーカーセット、アルペンスキーのポールセット、
それぞれに考えを込めてセッティングするが、
選手たちは、それを感じ取ってくれているかな?

判ってないから、言っちゃうんだけどね!