『さよなら「鉄仮面」 新幹線300系、3月引退』 初代のぞみ、出張族ら「公私の支えに」 (日経新聞)

 1992年に東海道新幹線の初代「のぞみ」として登場した車両「300系」が3月のJRのダイヤ改正で姿を消すことになった。新幹線としては初のフルモデルチェンジ車両で、東京と大阪を2時間半で結び、シャープな顔立ちから「鉄仮面」の愛称で親しまれた。愛用した出張族や単身赴任者らは「仕事もプライベートも支えてもらった。寂しい」と別れを惜しむ。
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 「通勤電車のようにのぞみ300系を利用し、おかげでビジネスが軌道に乗った。車内販売のサンドイッチの味が忘れられない」。92年当時、出張で神戸市の自宅と東京を週2〜3回往復した伊藤忠商事ダッカ事務所長、鈴木琢也さん(52)は振り返る。

 300系は92年3月、「こだま」「ひかり」に続いて登場した「のぞみ」用車両として開発され、飛行機との競争を背景に高速化を徹底。車体を鋼鉄からアルミ合金に変えて軽量化し最高時速は従来より50キロ速い270キロに。東京―新大阪を最短2時間半で結んだ。

 始発に乗れば午前8時半に新大阪や東京に着き、多くの会社の始業時間に間に合うため、出張族や単身赴任者はもとより、遠距離恋愛のカップルらの足としても活躍。名古屋駅に停車しない一部ダイヤは「名古屋とばし」と話題を呼んだ。当初は車両トラブルも相次いだが、高速化と省エネ、快適性を追求した技術は最新のN700系、700系の基盤ともなった。

 鈴木さんは「日帰り出張が多くなり、かえって忙しくなった面もある」としながらも「早朝、駅まで車で送ってもらう間が妻との貴重な会話の時間だった。公私にお世話になった」と300系に感謝する。

 当時、非政府組織(NGO)の大阪代表として単身赴任した男性(52)も「東京で妻と過ごしたり、仕事仲間と深夜まで飲み明かしたりしても、翌日始発に飛び乗れば大阪での勤務に間に合った。何度も助けられた」と懐かしむ。以前はひかりや夜行バスを使ったこともあるが「『ひかり』では、前夜に大阪に帰らなければならないし、バスは窮屈で疲れた」。

 当時は携帯電話もインターネットも普及していない時代。男性は「東京と大阪を近付けたのが300系。皆が仕事にプライベートに慌ただしく動き回った時代の象徴だ」と感慨深げだ。

 JR東海によると、300系引退後、東海道新幹線はN700系と700系のみで運行し、一層の高速化と省エネが実現する。同社は「ありがとう300」とのステッカーを貼った特別車両を導入し、ラストランの機運を盛り上げる。最後の運転となる3月16日には東京駅や新大阪駅でイベントも行う予定だ。



小生も95年から2年間、東京〜新大阪間を週に1回、通勤電車のように利用していたのを思い出します。
たしかに、このころから大阪方面は日帰り出張が当たり前、8時台の新幹線に乗り、午後から打ち合わせ。
19時台(たまには20時台)に新大阪から飛び乗るパターンでした。